ジョッキールームでは次々に巧妙ないたずらをしかけたかと思うと隅っこに引っこんで文学害をむさぼり読み、オマルパイヤームや″W親父″ことエマソンのアフォリズムを引用して騎手仲間をけむに巻く。
ちょっとした出来事がきっかけで、膨大なシェイクスピア作品集を猛然とひもときはじめ、バグボーイたちの眉をひそめさせることもPのしゃべり口調は洗練された話術と、早口の卑語のパッチワークだった。
まるでバスター・キートンのようなポーカーフェイスからくり出されるブラックユーモアと、底知れない気前のよさによって愛され、素手での殴り合いの実力、すぐにカッとなる性格、そして雷鳴のごとぎ低音の声の響きと剛胆さによって、恐れられると同時に賛嘆されていた。
Pはほら話の名手でもあった。
そのひとつに、自分は以前、ロシア皇帝N2世のために騎乗したことがあるというものがある。
バグボーイたちはこの話を鵜の承にした。
早々に学校教育とおさらばしたバグボーイたちは、誰ひとり、あわれなニNがBに処刑されあった。
たのは、Pがわずか9歳の時だったことに気づかなかったのだ。
もうひとつ好んで披露したのは、カナダの洞穴で、われ知らず、冬眠する5頭の熊のそばで眠ったという話だった。
この話には次第に尾ひれがつぎ、最後には熊たちはしっかり目を覚まし、元ボクサーは必殺の左フックで、5頭をことごとくノックアウトしたことになった。
ほらを吹いていない時のPは、競馬場の係員をからかっていた。
たとえば発走委員のひとりがスピーチをする、競馬界の。
Hに出た時のことだ。
その発走委員は言葉が汚いことで有名で、とくに「そん畜生に鼻ねじをくれてやれ!」というフレーズが18番だった。
ちなみに鼻ねじとは馬の上唇を締めつける輪縄のことで、ゲートに入れる馬の気を逸らせるために使われる。
司会者がだらだらと発走委員の紹介をつづけるうちに、Pは次第にいらだちはじめ、ズルズル音を立ててシャンペンをすすりながら、ほかの客たちと同様、すっかり退屈してしまった。
ようやく発走委員が立ち上がり、芝居がかった咳払いをした。
するとPがだしぬけに、「そん畜生に鼻ねじをくれてやれ!」と大声で怒鳴ったのだ。
なんでもありの当時の競馬界で、Pはある種の保安官だった。
Pと同時期に活躍していたF・Jは、チェッカーのゲームをめぐる口論がきっかけで巻きこまれた先輩ジョッキーとの喧嘩を、次のように回想している。
Jがゲームに勝つと、そのベテランジョッキーはボードをひっくり返し、彼にふっかかってきた。
まだ13歳で、体重も36キロそこそこしかなかったJは、あっという間に組み伏せられた。
年長のジョッキーは容赦なく彼をなぐり、親指で目をつぶそうとした。
と、そこにPが駆けより、攻撃しているジョッキーの首根っこをつかむと、地面に投げつけて、身動きができなくした。
ジョッキーを床に押しつけながら、Pはその男の鼻をぎゅっとひねりあげた。
許してくれと訴える相手から手を離した時、男は鼻から血を流し、目には涙がにじんでいた。
「2度と坊やに手を出すんじゃないぞ」Pは息をシューシュー吐きながらいった。
それだけいうと、悠然とした足取りで部屋を出た。
誰ひとり、Pにちょっかいを出そうとする者はいなくなった。
Pが道化師だとするなら、Wは王様だった。
観客は彼を愛し、幸運のお守りである使い古されたカンガルー革の鞍に乗って、直線を力強く走る彼に、「行け行け、カウボーイ!」と熱烈な声援を送った。
ちなみにその鞍はかつて、オーストラリア史上最強の競走馬といわれたファーラップが背負っていたものだ。
マスコミは彼をもてはやし、競馬場に住む行き場のない少年たちは彼を崇拝した。
Wはそんな少年たちを庇護し、自分のロードスターの助手席に乗せてやったり、馬術という芸術を手ほどきしてやったりした。
レースに勝つと、Wは急いで厩舎に向かい、勝ち馬の世話をした厩務員のポケットに現金を詰めこんだ。
朝は騎手のグループを率いてロードワークに出たが、終わりごろには決まって規律がゆるみ、結局は騎手たちを酒場に向かってジョギングさせ、細長いグラスでカラカラの身体に水分を補給させることになった。
成長を隠したがっている少年のためには、靴の闇市場を開いた。
厩舎に集まった騎手たちは、つま先を丸め、Wのおさがりの銀細工のついたブーツ(かわいそうなことに先が尖っていた)に足をつっこみ、はいたまま、一日じゅうたどたどしく歩きつづけた。
たとえ足から出血しても、Wの靴をはくのはある種の名誉だった。
ホースマンのH・Wが幼年時代、初めてWを見た時の思い出を語っているが、Aが厩舎の少年たちに残した印象を、簡潔に伝えてくれる。
「わたしはWが、スーパーチャージャーを乗っけたあのでっかい車を停めるところを見にいった。
彼は銀細工のついたブーツをはき、白いカウボーイハットをかぶって車から降り立った。
それを見てわたしは『なんてかっこいいんだろう!ぼくも絶対ジョッキーになるぞ』と思ったんだ」。
Wはどんな事態にも対処できた。
1923年の夏、彼がスタート地点に向かおうとしたとたん、日蝕が始まったことがある。
あらかじめ煤けたガラスを用意していたWは、馬を止め、その尻に頭を乗せると、観客が見守るなかでじっと太陽を観察した。
また別のレースでは、あまりに騎乗に集中していたせいで、紙のように薄いズボンが破れたことに、まったく気がつかなかったことが.ある。
ズボンの下には布一枚着けておらず、別の馬の後塵を拝するという、せめてもの幸運にも恵まれなかった。
彼がトップでゴールを駆け抜けるころには、本人以外の全員がそのことに気づいていた。
「おーいW」後ろから、笑い声がした。
「おまえ、出てるぞ!」Wは拍手喝采するスタンドに馬をキャンターさせると、落ち着いた声で騎手付添人に、鞍用のタオルをもってきてくれ、と告げた。
付添人が前を隠すものをもって走ってくると、Wは口の端で笑いながら腰に回し、ウィナーズサークルで写真用にポーズをとった。
馬から飛び降り、そっとジョッキールームに戻った彼を待っていたのは、心からの喝采だった。
レースがない日は、Wはこの街の悪徳への誘いをきっぱりはねつけ、昼近くにチェックス・スローンのレストランに向かい、亀のスープと店がサービスしてくれるビールでひと息つくのを好んだ。
モリーノロホですら、彼を誘惑することはできなかった。
彼はもっとすばらしいものを知っていた。
1930年、ジョッキーエージェントのSと一緒に国境付近をドライブ中、カリフォルニア側の最南端の町サンイシドロで、客車を改造したダイナーに立ち寄ったWは、Jなる16歳の魅惑的なウェイトレスに、ひと目で夢中になってしまった。
彼はその店に通いつめカウボーイハットをテーブルに置くと、隣に座ったGの鼻先を。
誌に向けさせて求愛をくり返した。
1931年、Wは21歳でジェヴィーヴと結婚した。
ていたのだ。
冒険を好むPのほうが、おそらく、すこしはティファナの流儀に合った暮らしをしていたティファナ競馬の黄金時代は、華々しい最期を遂げた。
競馬場では毎朝早く、男たちが馬の引くワゴンで厩舎を回り、厩肥をシャベルで掬い上げては、裏の丘まで捨てに行っていた。
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